mig76frの投稿 (2009年 2月 10日)
経済学では、金持ちの所得税を高くする一方で貧乏人には税金の減免措置を行うことで金持ちから貧乏人への富の再配分を行っていると説明されているが、現行の通貨制度ではその正反対の事態が起こっている。
以前、持続可能な成長という概念そのものを疑った記事をこのブログに投稿したが、この主張を行っているマルグリット・ケネディは、金利制度により貧しい人から豊かな人への富の再配分が起こっていることを、以下の図でわかりやすく示している。

この図では、ドイツの家庭を低所得(左)から高所得(右)まで並べているが、10家庭のうち貧しい8家庭で灰色(利払い額)が黒(利息収入)を凌駕している。家庭によっては直接借金をしていないところもあるだろうが、そういう家庭でも電化製品を買ったり、バス代を払ったりするたびに、電化製品メーカーや市役所交通局の利息負担の一部を間接的ながら支払っていることになる。その一方で、一番右(豊かな10%)は膨大な利息収入を得ている。
また、公共事業を行う場合には自治体や政府などが利息負担をする義務が出るが、これにより本来は国民全員に対して中立であるべき政府が、金貸し(つまり金持ち)に対してのみ利息を支払うという事態が発生する。国債や地方債の利払いにより、金持ちだけが豊かになっている現状も、マルグリット・ケネディは疑問視している。
減価する貨幣を導入すると、その性質上金持ちも利息を取れなくなるので、このような不公平な富の再分配はなくなるのだが…。
mig76frの投稿 (2009年 2月 9日)
日本では地域振興券も地域通貨も同じものとして混同されているようだが、両者は似て非なるものである。これについて、説明したい。
地域振興券については、1999年に出されたものが有名だが、これの流れについて考えてみよう。
ということは、地域振興券で起こった経済効果は、結局地域振興券の発行額ぶんでしかない。たとえばこの方式で1兆円バラ撒いても、1兆円以上の効果は望めないのである。また、この地域振興券が来たことで、ふだんは毎月10万円消費する高齢者が12万円消費すれば経済効果はあったと言えるが、消費行動を変えずに余った2万円をタンス預金するなり銀行に預けるなりした場合、この高齢者による経済効果はゼロと言える。極論すれば、日本人全員が余った2万円を預金に回した場合、政府が1兆円以上使っても経済効果はゼロという、本末転倒な事態さえあり得るのだ。
最近この地域振興券が再度もてはやされ、特にプレミアムつきの商品券(たとえば5000円で5500円ぶんの地域振興券を買うことができて、それで地元商店で5500円ぶんの買い物を行い、地元商店はこの受け取った振興券を現金化するというもの)が流行っているらしいが、当然ながらこういうシステムでは500円ぶんの赤字になるため、この赤字を地元自治体が負担する例が多い。結局これでは、単に地元商店にカネさえ流れれば万々歳で、自治体がいくら赤字になろうが知ったことではないという無責任さが蔓延することになる。特にどこの自治体も多かれ少なかれ財政赤字に苦しんでいるときに、このように自治体からカネをたかって地元商店街万々歳みたいな構図を作ることは、倫理的にも経済的にもあまりよろしくないだろう。
地域通貨の場合、この構造自体がだいぶ違う。たとえば、仮に地域振興券を地域通貨のようにした場合には、このような例が可能となる。
この場合には、A氏>八百屋>レタス農家>酒蔵>コメ農家>ガソリンスタンドと、5回取引が行われていることになるので、たとえば1000円でも5000円の経済効果を地域にもたらすことが可能である。仮に先ほど紹介した1兆円が全てこのような形で循環したとすると、5兆円の経済効果を生み出すことができる(もちろん、八百屋が直接現金化する場合もあるので、その場合には経済効果は1000円だけだが)。地域振興券では1兆円発行しても実際には数千億円程度の経済効果しか出ない場合があることを考えると、大きな違いがあると言えるだろう。流動性の重要性についてはヴェルグルの事例ですでに説明しているが、やはり単にお金をバラ撒くだけではなく、流動性を最大化するような形でバラ撒くことを考えたほうがよいのではないだろうか。なお、バークシェア(米国マサチューセッツ州)やキームガウアー(ドイツ・バイエルン州)など世界的に有名な地域通貨では、現金化の際に手数料を取ることでできるだけ地域内循環を促進している。
あと、現在の法律では「紙幣類似証券取締法」により地域通貨の流通がある程度制限されているが、これについても官庁のさじ加減一つの問題であり、官庁次第ではどうにでもなると言えるだろう。もちろん、あくまでも法律である以上、地域通貨に積極的な政党がこの法律を廃止したり改正したりして、地域通貨の合法化を達成することもできるだろうが。
mig76frの投稿 (2009年 2月 9日)
さて、このような議論を踏まえて、政府貨幣を成功にするにはどのようにすればよいかについて、具体的にかつ戦略的に考えてみたい。なお、詳しい理論的説明を読みたくない人は、赤字の部分だけ読んでもらってもかまわない。
1) 流動性の重要性についての議論を活発に実施
昨日書いたヴェルグルの例でも明らかだが、「カネは天下の回りモノ」であってなんぼの存在である。政府貨幣についても、たとえば特別給付金として1万5000円各人に単にバラ撒いても、そのぶん1万5000円ぶん預金が増え、日本円と同じように何回か流通して政府に税金として戻ってくるだけの結果に終わっては何の意味もない。ヴェルグルでは通貨供給量は平均でわずか5400シリングだったにもかかわらず、毎日1回以上の取引を仲介したことで250万シリングもの経済効果を生み出したが、とにかく日本円とは違って退蔵することができず、絶えず流通する仕組みの通貨を導入することで経済の安定化を目指すという議論を行い、世論がそれについて来るようになるまで待つ必要があるだろう。つまり、10兆円バラ撒いても2回しか取引を行わなければ経済効果は20兆円に過ぎないが、バラ撒き額が1兆円でも100回取引を行えば100兆円の効果を生むことになり、そのためには減価する貨幣という、歴史的にも実績のある制度を実施する必要があるというように世論を誘導するわけである。
2) 携帯電話業者などと提携して、電子通貨決済機能つきの携帯電話端末を大量生産し、その開発費用は政府が全部負担。
減価する貨幣を効率よく市中に流通させるには電子化が不可欠だが、そのための費用は最小化する必要がある。地上波デジタル化でもこれだけ世論の反発が強い現状を考えると(世界の主要先進国が軒並み地上デジタル化を進めているのに、日本だけ乗り遅れたら技術立国として恥ずかしいとは一般日本人は考えない)、今や高齢者を含めて日本人や日本在住の外国人の大多数が保有している携帯電話に電子通貨決済機能を搭載させ、メールを送ったりSUICAを改札口にタッチしたりする感覚で、個人間でも電子通貨決済ができるシステムを開発する。この際に住基カードを絡めると世論の反発を受けるので(住基カードそのものに対する反発のほか、住基カードベースの地域通貨の失敗もその理由にある)、住基カードは今回は関連付けさせないようにする(総務省が怒るかもしれないが、年齢認証だけであれば独自カードにする必要のないTASPOの開発が必要だった経緯を見れば明らか)。
3) このように政府貨幣に必要なインフラや世論が十分に整備されるのを待って、減価する貨幣として政府貨幣を導入
具体的には、以前紹介したオランダのNGO「ストロハルム」によるフォメントプロジェクトのような形で、公共事業での支払いの一部を電子通貨建てにするという形での運営が可能だろう。仮に流通額がわずか1兆円(ちなみに日本円の流通額は現金だけでも70兆円以上、普通預金や当座預金を含めると500兆円近く)しかなくても、毎日1回のペースでこの減価する貨幣が流通すれば365兆円もの経済効果を生むことになる。ちなみに、日本のGDPはここ20年近く、500兆円前後で推移している。
いずれにしろ、性急に実施して失敗するぐらいなら、時間をかけて機が熟すのを待つ必要があることだけは確かであろう。
mig76frの投稿 (2009年 2月 8日)
最近話題になっている政府貨幣だが、成功事例として導入したいのであれば、やはり過去の成功事例から学ぶ必要があるだろう。すでにこのブログでも紹介した「エンデの遺言」(13分56秒~18分31秒)でも取り上げられている、オーストリア・チロル州のヴェルグル(Wörgl)の事例について、ここでは詳しく紹介したい。
ヴェルグル自体は、もともとはアルプス山脈のふもとにある寒村にしか過ぎなかったが、19世紀中葉にオーストリア西部からウィーンに向けての路線と、当時はオーストリア帝国領だったトリエステから国境を越えてドイツはバイエルンの首都ミュンヘンを結ぶ鉄道路線の交差点になったことから、交通の要衝として栄え始め、繊維工場などがこの地に建設される。1900年当時でも650人程度にしか過ぎなかった人口は1910年時点で4000人以上に増え、各種産業を備えた町として栄えるようになる。
しかし、当然のことながら、この当時世界を襲っていた大恐慌はこの町にも暗い影を投げかけていた。鉄道も従業員を100人以上減らし、繊維工場に至っては閉鎖にまで追い込まれ、これにより400人程度いた従業員がほぼ全て失業することになった。5000人弱しかいない町でこれだけのことが起こった場合、経済がマヒ状態になることは想像に難くない。実際、町役場は破産状態だった。11万8000シリングほど未納金があったのだが、誰もお金を持っていない状態では税金を徴収することもできなかったのである。
こんな状態であった1931年に町長になったのが、シルビオ・ゲゼルの理論に詳しかったミヒャエル・ウンターグッゲンベルガー(Michael Unterguggenberger)である。彼は翌1932年7月末に「労働証明書」という地域通貨を作成し、町役場の職員に対して1000シリングを地域通貨で支払った。
この地域通貨は、表面にスタンプを貼るスペースが設けられており、新しい月になるたびに額面の1/100にあたるスタンプを貼る必要があった。ということは、仮にこの貨幣を1年間タンス預金していた場合、12%もの額が失われることになるため、誰もこの貨幣を手元に残しておこうとは思わず、むしろ次から次に消費することになり、そして未払いの税金を払うためにも使われた。この労働証明書の導入後わずか3日後に、町役場の職員が「1000シリングしか発行していないのに5100シリングも労働証明書で税金が入ってきました! 偽造に違いありません」と町長にあわてて報告したらしいが、同じ紙幣が町役場と町内の事業所をわずか数日で何往復もしたと考えると、別に不思議ではないだろう。

このようにして、翌1933年の9月に中央銀行によって禁止されるまでの13ヶ月の間に、平均で5400シリングほど流通していたこの労働証明書により、250万シリングもの経済効果が生まれた。当然失業率も下がり、地域経済が活性化した。人によっては、手元に置いておいてスタンプの購入代金を負担させられるぐらいなら、と税金の前払いに応じた人までいたらしい。
なお、2006年にこの歴史を記念して、このようなモニュメント(ドイツ語)が作られ、駅前から中心商店街を通る道の石畳に掲げられている。また、この歴史を後世に伝えるべく、ウンターグッゲンベルガー研究所(ドイツ語)が設立され、減価する貨幣や補完通貨についてさまざまな情報を提供している。
これらの事例を踏まえて、2009年の日本で政府貨幣を導入するのであれば具体的にどのようにすべきかについて、次回の投稿で紹介したい。
mig76frの投稿 (2009年 2月 7日)
4月にロンドンで開催されるG20会議に向けて、ジェームス・ロバートソン書いたG20各国政府に対する通貨改革の提言書が先ほど届いた。とりあえず概略を紹介したい。なお、全文はこちら(英語)で読める。
彼の改革案は、以下の2つから構成されている。
(1) 国レベルでの通貨改革については、以下の方法で国の通貨の管理を国の手に取り戻す。
(a) 国有化された中央銀行に、債務なしで公的通貨を全て供給する義務を移転させる
(b) 商業銀行を含むそれ以外の者に対して、信用創造を禁止する
(2) 国際的な通貨改革では、債務なしでの国際通貨を導入。
(a) 新しい国際通貨当局がこの国際通貨を創造。
(b) グローバル経済における国際貿易に対して、より効率的で安定し、公正な基盤を提供。
(c) 現在の各国通貨やユーロと共存。
(d) しかし、これらの既存通貨は国際通貨としては使わない。
国内的な改革については実現性に疑問の余地が残るが(信用創造を認めなかったら、そもそも商業銀行の経営基盤が危うくなる)、少なくても国際貿易に関して新しい通貨を導入するという案は悪くはない。ただ、この原案を叩き台として、より洗練された通貨改革案を作る必要があることだけは確かだが…。
mig76frの投稿 (2009年 2月 6日)
政治家のコメントや経済誌の記事では、持続可能な成長という表現がよく使われる。しかし、そもそも持続可能な成長という表現自体を私は疑ってかかりたい。
ドイツの建築家で、「エンデの遺言」でも登場したマルグリット・ケネディは、その主要著書「金利ともインフレとも無縁なお金」(1993)という本で以下のように説明している。

ケネディは、自然物であればAのような曲線をたどるとしている。すなわち子どもの頃であれば急成長をするものの、20歳を超えると量的成長は頭打ちとなる。これは経済でも同じで、貧しいうちは電化製品や持ち家などを必要とするが、ある程度経済的に豊かになるとそれほど必要ではなくなり、経済成長が停滞する。日本で言えば、誰もがテレビやクーラーなどを求めていた1960年代から80年代にかけては経済が成長したが、電化製品など文明の利器を誰もが持てるようになると消費が冷え込み、経済成長が望めなくなったのである。
しかし複利、すなわち指数関数的な成長を前提として成立している現在の金融システムではC型の成長が要求されている。これは自然界では実はガン細胞の成長であり、この金融システムにより遅かれ早かれ私たちの経済は破綻する運命にあるのだと、ケネディは説いている。
指数関数的な成長というものは、本当に恐ろしいものである。たとえば「ニューヨークのマンハッタン島を売ったアメリカ先住民が、仮にその代金24ドルを銀行に預けていたら、今頃マンハッタン島にある資産全てを買い占めることができただろう」という表現がある。実際には年利6%で計算してもそこまでの額にはならないが、それでも数十億ドル単位のお金にはなっていたことは間違いない。利率が6%だと12年で、5%でも15年で倍になるが、仮に毎年5%の割合で永遠に経済成長が続くとした場合、われわれの子どもはわれわれ自身よりも4倍、孫は16倍、そしてひ孫は64倍も経済的に豊かな生活を送れなければならないはずだが、そんな調子で永遠に経済成長が続くほうがおかしいと考えるほうが常識ではないだろうか。
mig76frの投稿 (2009年 2月 5日)
オランダに本拠地を置くNGO”Strohalm“は、補完通貨の普及を目指してヨーロッパや南米各地で活動しているが、このNGOは寄付金を効率よく地域経済で回す補完通貨のシステムを考案した上で、そのメリットをわかりやすく紹介したフラッシュムービー(英語)を制作している。また、この方式を実施するためのマニュアル(ポルトガル語)も公開されており、このマニュアルでは同様の方法が実際にブラジル・セアラ州の州都フォルタレザ市にあるパルマス銀行(ポルトガル語)で、2003年に導入された事例も紹介されている。
ここでは、発展途上国で小学校を建設するために先進国から100ドルが寄付された場合が紹介されているが、単にその100ドルを地元の建設業者に支払うと120ドルしか経済効果が生まれないのに対し、建設業者には100ドル相当の補完通貨で支払った上で、別の地元企業に100ドルを融資して補完通貨建てでの返済を認めた場合、300ドルの経済効果が生まれることが紹介されている。
この構図だが、寄付者(Donor)を日本政府に、地元NGO(Local NGO)を都道府県などの自治体に置き換えて考えてみると、日本の文脈でも応用できる気がする(もちろん公共事業のみならず、地方活性化関係の各種事業で使えるような気がするが)。今の地方経済の衰退度を考えれば、このぐらいの方策は必要だと思うが…。
mig76frの投稿 (2009年 2月 5日)
減価する貨幣の話をすると、よくインフレとどのように違うのかという質問を受ける。確かに両者とも手元にお金を置いたままにしていると損する点では一致しているが、それ以外にいくつかの違いがある。
アルゼンチン在住時にデフレやインフレによる経済混乱の深刻さを目の当たりにしたシルビオ・ゲゼルは、何よりも物価の安定こそが重要だと考えた。デフレの場合には物価が下落傾向になることから販売が縮小し、また仕入れ値と売値の間のマージンが減るため商業が大打撃を受ける一方で、インフレになると物価が上昇するため消費者は消費を急ぐことになるが、通貨価値が下落することから価値尺度としての貨幣の機能が損なわれる。特にハイパーインフレになり、インフレ率自体が急速に上昇するような状況では、将来の物価水準を予想できないことから適切な利率の設定が不可能となる(現在のジンバブエはその好例)。
それに対し、減価する貨幣自体はインフレともデフレとも関係ないシステムである。減価により減少したぶんの通貨供給量を政府通貨局が再発行することで通貨発行量を調整し、物価を安定させることによりインフレやデフレを根絶できる、とシルビオ・ゲゼルは考えていた。もちろん今の通貨システムはもっと複雑なのでそう単純には行かないことだろうが、仮にそのような通貨ができたと考えると、価値尺度としての機能は損なわれないことになる。ただ、現在の日本円であれば銀行に預金しておくと利子がつくのに対し、減価する貨幣の場合には逆に減価手数料が差し引かれる点が違いといえる(通貨というサービスの使用料が徴収するされると考えるとわかりやすいだろう)。
減価する貨幣の基本的な考え方は、インフレもデフレもない社会であれば1万円札はずっと同じ経済的価値を保ち続けるが、1万円の価値のあるリンゴを放っておくと腐ってしまって商品価値を失ってしまうため、同じ経済価値のあるものでも通貨のほうが商品よりも有利であることがわかる。このため、通貨を十分に持っている人が通貨を持っていない人に貸し出す場合、金利という手数料を徴収することができるが、考えてみればこれは貧しい人間から金持ちへの富の再配分という、社会正義上非常に疑念の余地のある制度であることは言うまでもない。
しかし、減価する貨幣を導入すると、少なくてもタンス預金はできなくなる。たとえばオーストリアのヴェルグル(Wörgl)という街で1932年から1933年にかけて流通した地域通貨の例では、新しい月になるたびに額面の1%(1万円札なら100円、1000円札なら10円)のスタンプを買って貼らないと無効になったが、このような金銭を仮に100万円、1年間タンス預金していた場合、12万円分のスタンプを買わないといけないため実質上88万円にまで減価してしまう。そのぐらいであれば、95万円しか返してもらえなくても誰かに貸しつけたほうが、タンス預金をするよりもましになる。こうすることで誰も金銭を退蔵することがなくなり、経済が活性化するようになるというわけである。また、これにより現金を持っている人が有利な社会制度が崩れ、事業を起こす人間に有利な金利制度ができれば、今までであれば採算の関係上不可能であったさまざまな事業が経済的に実現可能になり、より人類の福祉につながることであろう。
mig76frの投稿 (2009年 2月 3日)
2月1日に菅義偉元総務相が政府貨幣について賛成する発言を行い(詳細はこちら)、首相や日銀総裁までがさまざまな意見を出している。
政府貨幣というと特殊なもののように聞こえるが、要は他の商品券やポイントカードなどと本質は変わらないものである。ちょっと考えてみよう。
一例として、図書カード(以前の図書券に相当)について考えてみよう。普通図書カードは、以下のような形で使われている。
このような図書カードを誰もが受け取るのは、5000円ぶんの本と交換できるからである。つまり、図書カードが金券として流通するのは、その額面ぶんの本が担保としてあるからである。
では、政府貨幣の場合にはどうなるだろうか。今のところ詳細が発表されていないので何とも言えないが、最低でも以下のような形にしなければならないだろう。
この場合、国税の納税手段や国立大学の授業料の支払い手段として使えることが、政府貨幣の担保になるわけである。政府にとっては政府貨幣は負債、言い換えれば無利息の国債を発行になるわけだから、そのぶんだけ負債額が増えることになる。もちろん国債と違って、いついつまでにいくら返済する義務があるというものではないが、それでも自分が発行した通貨をどこかで引き取らなければ、ただ乗りになってしまう危険性がある。実際、太平洋戦争中に東南アジア各地で使われた軍票は、日本の敗戦とともにただの紙切れとなってしまっている。
政府貨幣が第2の軍票とならないようにするためには、それなりに政府の行動を監視する必要があるが、今の日本政府は政府貨幣を発行できるだけの信用があるものなのか、これから見極めていきたい。
mig76frの投稿 (2009年 2月 3日)
「減価する貨幣」と言っても、おそらく日本人の99%は何のことか分からないだろう。そういう方には、まずこちらの動画をご覧になっていただくことをお勧めする(2分53秒から18分31秒まで)。
テキスト版をご希望の方はこちら。
われわれが日常使っている通貨には、価値の「尺度機能」、「交換機能」そして「貯蓄機能」の3つがある。
尺度機能というのは、商品にどれだけの価値があるのかを測る目安になる、というわけだ。たとえばお米が1キロ500円で、ジャガイモが1キロ250円の場合、お米1キロはジャガイモ2キロと同じ価値があるということができる。
交換機能というのは、この価値を利用して商品を交換する機能である。たとえば、先ほどの例で言うならばコメ農家がジャガイモを欲しいと思ってコメを持っていっても、ジャガイモ農家がコメではなく魚がほしいと言った場合には取引が成立しない。しかし、何とでも交換できる通貨という媒介手段を使うことで、このコメ農家はジャガイモを手に入れることができるようになる。
そして最後の貯蓄機能は、商品のかわりにお金を使って価値を保存するということである。たとえばリンゴの場合、1年前のリンゴは腐ってしまっていて誰も食べようとは思わないが、お金であれば何年前のものであっても以前と同じように使うことができる(インフレがない場合)。
しかし、よく考えてほしい。お金を交換機能として使っているときには貯蓄機能としては使えず、逆に貯蓄機能として使っているときには交換機能としては使えない。交換機能と貯蓄機能は、両立不可能な役割なのである。そして、景気が悪くなり誰もがお金を使わなくなると、交換機能としてのお金の流通量が極端に減り、恐慌にまで事態が悪化してしまうことも少なくない。
また、商品と比べてお金のほうが価値の貯蔵に適しているため、同じ価値を持っている人の間でも商品を持っている人とお金を持っている人の間では、お金を持っている人のほうがはるかに有利になる。たとえば500円の弁当を20個持っている弁当屋と1万円札1枚を持っている人を比べた場合、弁当屋は今日のうちにこの弁当を売りさばく必要に迫られているが、1万円札1枚を持っている人は今日だろうが明日だろうが、来週だろうが5年後だろうが、いつでも好きなときにこのお札を使ってモノを買うことができるため、弁当屋よりもはるかに有利な立場にあると言える。
シルビオ・ゲゼルはこの矛盾に気が付き、交換機能としてのみ機能するお金として減価するお金を提案した。それが具体的にどのように機能したかについては上記の資料の通りなのでここでは繰り返さないが、手元に持っておくと少しずつ価値が減るお金により途切れない貨幣流通が発生し、それにより大恐慌下でも経済復興を達成できたのである。
このブログでは、シルビオ・ゲゼルが提唱した経済政策やその関連事項について、少しずつ紹介してゆきたい。