減価する貨幣とは?

子育て給付については、ベーシックインカムの部分的導入として見る向きがあるが、やはり最大の問題は財政基盤であろう。そうであるなら、減価する貨幣として子育て給付金を支給してはどうだろうか。以下、具体的に論じてみる。

たとえば、2008年現在の日本の推計人口は1億2769万人だが、このうち18歳未満の人口は約2079万人である。とすると、仮にこの2079万人の子どもの保護者に毎月2万円ずつ支給したとすると、毎年4兆9896億円が必要になる。

(とりあえず、ここでは日本在住の18歳未満であれば、日本国籍の有無に関係なく支給することにする。100人の養子を持つ在日イラン人の例が以前問題になったが、この問題を解決する最善の策は、日本在住の18歳未満を対象とすることである。この場合、日本国外に住む日本人は対象外になる一方で、日本国内に住む非日本国籍者も対象となる。いずれにしろ、せいぜい全体の2~3%を占めるに過ぎない外国人子女は支給額に大きな影響を与える存在ではないので、ここについてはあまり拘泥しないでおきたい)

このように議論すると、「毎年5兆円もの支出が必要なら、財源はどうするのか?」という議論が出てくるが、ここで減価する貨幣が威力を発揮する。すなわち、減価によってこの毎年5兆円もの給付金がそのまま発行団体に還元されるような仕組みをつくればよいのである。実際にはもう少し複雑だが、これで大まかな流れはつかめるのではないだろうか。

減価する貨幣による子育て給付金の支給

減価する貨幣による子育て給付金の支給

具体的に説明しよう。このシステムは、「子育て支援ポイントシステム」として導入され、政府とは別にこのシステムの運営委員会(以下「運営委員会と表記」)が設立される。この子どもの保護者のみならず、個人に加えて企業・NPO・行政機関などあらゆる法人が、このカードを取得することができる。このカードは基本的に電子マネーではあるが、今やSUICAに代表される電子マネーに慣れている日本人であれば、新たな電子マネーの使用について特に違和感を覚えることもないだろう。

18歳未満の子どもの保護者のうち、このカードを持つ人であれば、子ども1人あたり毎月2万ポイント(=2万円)が、運営委員会から振り込まれる(もちろん子どもが2人いれば毎月4万ポイント、5人いれば毎月10万ポイント、(1))。このポイントは地元商店などで日本円のかわりで使用することができ、地元商店も仕入れ代金や公共料金、税金などの支払いにこのポイントを使うことができる((2)、(3)、(4)、(5))が、このポイントを日本円に換金することはできない。また、政府や地方自治体も、公共事業や人件費などの形でこのポイントを支出することができる(6)。しかし、毎週月曜日になるとこの残高が持ち越し費用として2%(たとえば残高1万ポイントの場合には200ポイント)減価するため(7)、このシステムでは最終的に子育て支援ポイント全額が持ち越し費用という形で運営委員会に還元されることになり、財源は必要なくなる。前述の例であれば、毎週約998億ポイント(1年(52週)では5兆1892億ポイント)が運営委員会に還元されるため、運営委員会によるポイントの過剰発行によりインフレが発生することはない。むしろ多少多目に発行することで、流通量の減少を補わなければならないほどである。また、当然のことながら誰も自分のカード残高の減価を望まないので、できるだけ早目にこの残高を使おうとし、その結果5兆ポイントほどの通貨発行量でもおびただしい乗数効果によって日本経済が急速に振興すると考えられる。この5兆ポイントが週1回のペースで取引を生み出したと仮定すると、年間では260兆ポイント(日本の2009年度GDPが約476兆円なので、なんとGDPの55%!)もの経済効果を生むことになる。以下、各当事者の動きを整理する。

運営委員会: 保護者に対して毎月、子ども1人あたり2万ポイントを支給する(1)一方で、毎週月曜日にポイント残高を2%減価。毎月4000億ポイントほど支給する一方で、減価という形で毎週1000億ポイント取り戻す(7)ので、通貨供給量は安定。また、日本円を給付するわけではないので、その面では日本円は不要。必要経費としてはポイントカードシステムのインフラの運営維持費ぐらいだが、毎年5兆ポイントもの給付金に比べれば大した額ではないはず。私もITインフラの専門家ではないので具体額は出せないが、せいぜい数百億円程度なので、どうしても日本円で賄うべき部分に関しては政府に運営費を出してもらってもかまわないだろう。

保護者: このポイントを手にしたら、減価を避けるべくできるだけ早く使ってしまおうとする(2)。また、税金の支払いも可能(3)。

一般企業、NPOなど民間部門: このポイントを日本円同様の支払い手段として、できるだけ早く使う。企業間取引や納税((4)あるいは(5))に加え、従業員への給与やボーナスとしての支払いも可能(図には描かれていないが)。

政府や地方自治体など公共部門: 日本円のかわりにこのポイントを税金や公共料金などの支払い手段として受け入れた上で(4)、公共事業や職員への給与などの支払いに使う(6など)。

もしかしたら、毎月2万ポイントではなく4万ポイントとか5万ポイントにしてもこのシステムがうまく行くかもしれないが、当然のことながら需要と供給のバランスが崩れ、インフレが起きる可能性もあるので、まずは2万ポイント程度で導入を行い、物価の推移を見極めた上で適正額を査定する必要があるだろう。また、仮にインフレが起きず、なおかつ経済活動が順調に推移した場合には、子育て給付だけではなくベーシックインカムとして、全人口を対象とした運用も可能かもしれない。いずれにしろ、日本経済全体の振興と関連して、このような観点から子育て給付を再検討すべき時期に来ているのではないだろうか。

日本経済はデフレに苦しんでいるが、このような時代だからこそ減価する補完通貨を導入して各地方の経済の活性化につなげてはどうだろうか。

デフレの問題としては、仕入れ価格と販売価格の差が縮まるため、利ざやが小さくなるという点である。たとえば70円で仕入れていたものを100円で売れば30円の利益が出るが、これを90円に値下げすると20円しか利益が出ない。家賃や光熱費、また従業員の賃金などの費用もこの利益から出す必要があることから、利ざやが狭まると経営が大いに圧迫されるわけである。また、このような状況ではお金が回らず、景気が悪くなるため、誰もがお金を節約するようになり、そのためにさらに経済活動が停滞するとう悪循環に陥っているのが現在の日本である。

しかし、減価する貨幣の場合、基本的に手元に置いておいても損するだけなので、誰もがその貨幣を使おうとする。そのため、安定した形で需要が創出され、これにより商品の値段を下げなくてもモノが売れるようになる。一見損するように見えるシステムだが、誰もがお金を使おうとするため経済活動が促進され、最終的には全員にお金が行き渡るようになるわけである。

カネは天下の回りモノというが、そういうカネとして補完通貨を今一度とらえなおすことが必要になっているのではないだろうか。

英語やスペイン語で補完通貨関係の文章を発表することはあっても、このところ日本語で発表する機会があまりなかったため、日本語で紹介する適当な文章がないことに気がついた。そのため、このような文章を書いてみた。

この文章では、キームガウアー(ドイツ)やパルマス銀行(ブラジル)といった、補完通貨における近年の成功事例を紹介した上で、日本でなぜ地域通貨ブームが終わってしまったのかについて分析を行った上で、その傾向と対策を論じている。ご感想をいただければ幸いである。

私は減価する貨幣の他に、連帯経済という分野にも取り組んでいる。と言っても、日本では連帯経済を知らない人が多いので、とりあえず入門編の議論から始めたい。なお、連帯経済についてある程度の予備知識がある方は、以下*** ***で囲まれている部分は読み飛ばしてかまわない。

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連帯経済をひとことで定義するなら

「社会や地球環境にも配慮した経済活動の総称」

となるが、実際には以下のような活動の総称である。

  • 生産協同組合: 普通の私企業の場合は株主利益の最大化が経営の目的なので従業員に十分な配慮がされないが、生産協同組合の場合は労働者=出資者なので、労働者第一主義の経営が可能。
  • NPO: 生産協同組合と同様の理由(株主利益を最大化する必要がない)で、連帯経済の一部とみなされる。
  • フェアトレード: 途上国のコーヒー農家や民芸品職人などの収入が増えるよう、あえてコーヒーや民芸品などを高く買う運動。
  • 社会挿入企業/NPO: 職をなかなか得られず社会疎外の危険性が高い人たち(高校中退者、長期失業者、移民、女性など)に職業訓練を施し、彼らが手に職を得られるようにする活 動。日本でも同様の取り組みはあるが、フランスやスペインなどではこれらの企業がある程度ネットワークを形成しているような気がする(私もこの部門での国 際比較を行えるほど知識があるわけではないが)。また韓国では、社会的企業育成法という法律がある。韓国の社会的企業育成法についての資料(日本語): http://jicr.roukyou.gr.jp/old/kenkyukai/070125/070125koreaSEL.pdf
  • オープンソース: IT化が進む現在、OSやWORDなどのソフトは基本財の一部と考えられるようになっているが、これらのソフトウェアを営利企業(特にマイクロソフト)で はなく、プログラマらによるボランティアベースで提供する運動(と私は理解しているが、専門家の方にはきちんとした定義をお願いしたい)。Linuxやオープンオフィスがこの代表例で、ブラジルでは役所や学校のパソコンに Linuxを導入しているところもあるらしい(私も詳しくは知らないが)
  • 市民参加型予算: ブラジルのポルトアレグレ市(第1回世界社会フォーラムの開催地)で始まり、南米やヨーロッパで広がった運動。大都市であれば地区ごとに(小学校区レベ ル)市の予算を配分した上で、住民集会でその予算で何をするかを決める取り組み。日本では埼玉県志木市で実践されていた(市長が代わってこの実践はなく なったらしい)。 参考資料: http://www.tottori-torc.or.jp/torc_report/report26_pdf/matsudam.pdf
  • 連帯金融: 上記の活動などへの融資を目的として市民が設立した銀行。イタリアの倫理銀行やオランダのトリオドス銀行などが有名。普通の銀行に預金すると、そのお金がどの企業のどの事業に使われるのかわからないが(もしかしたら私のお金が兵器を生産する企業に融資され ているかもしれない)、こういう銀行を通じて連帯経済を推進できる。日本ではNPOバンクという表現が使われており、名古屋のモモバンクなどが有名。
  • 補完通貨: 日本円やユーロなどとは別に、市民社会の手により独自通貨を発行・流通・管理する運動。ほとんどの実践例は蚤の市程度の交換に終わっているが、スイスのWIR銀行(http://www.wir.ch/ )やブラジルのパルマス銀行(http://www.bancopalmas.org.br/ )は実際に経済面での成果も挙げている(WIR銀行は独自通貨WIRにより低利融資を実現し中小企業の経営をサポート、パルマス銀行は同様の融資によりスラム街で雇用創出を実現)。

現在の新自由主義型資本主義で貧富の差の拡大や環境破壊などの問題が起きているが、これらの問題に対処するには資本の論理で動く既存の経済機構と は異なったものが必要となる。相変わらず小泉・竹中型の議論が主流となり、経済的弱者の状況も全て「自己責任」ととらえられがちな日本で、どれだけこうい う議論が広まるかわからないが、11月7日(土)~10日(火)に東京で開催予定の第2回アジア連帯経済フォーラムがその突破口になってくれることを期待している。

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さて、このような連帯経済の推進にあたって、減価する貨幣がどのような役割を果たすことになるかについて考えてみたい。

現行の減価しない貨幣の場合には、すでに多額の資金を保有する人は、その資産を銀行に預け入れることにより利子生活者となることができるが、その一方で資金難に苦しむ人は、銀行からお金を借りて利子を含めて返済しなければならず、金持ちに有利な形で富の再分配が行われる。しかし、減価する貨幣を導入することにより、このような通貨制度上の不正を是正することができ、貧しい人が借金苦に喘ぐ必要のない社会を築くことができる。

また、ここでも書いたが、現在の通貨システムでは、どうしても長期的な事業に資金が回らないようになっている。このブログでは日本の政治家の関心を引くように、地下鉄や高速道路といった土建工事の事例を挙げたが、仮に減価する貨幣を導入すれば、学校教育やサハラ砂漠の緑化などといった事業も採算に乗るようになる。金持ちに金利という上納金を支払う必要のない減価する貨幣を導入することにより、連帯経済のもう一つの目的である環境保護関連の事業も実現性が上がり、数多くの事業が採算に乗るようになるだろう。

以前こちらでG20へ向けた通貨改革運動を紹介したが、その日本語訳が公開されたのでここでも紹介したい。

http://www.anti-rothschild.net/material/40.html

いくつか論点をまとめると、

* 信用創造の廃止(民間銀行は、手元にある担保のぶんだけしか通貨を発行できなくなる)
* 既存の国家から独立した国際通貨を設立した上で、米ドルやユーロなど既存の通貨と併存させる。

この文章を作成したジェームス・ロバートソンは英国の出身だが、英国経済(特にロンドン経済)は金融に特化している。経済危機の前は世界中からカ ネを集めては投機で儲けていた紳士がロンドン経済を回していたが、経済危機が一旦起こるやそのような繁栄の基盤は、そんな英国経済の通貨であるポンドよろ しく砂上の楼閣と化してしまったのである。

私としては、ここで根源的な疑問を投げかけたい。私たちの生活には貨幣は欠かせないが、この貨幣を営利活動の目的とすることは、果たして許される のだろうか。たとえば欧州では、鉄道会社や高速道路、電力網などは民間企業にはふさわしくない活動であるため国家や州政府などが管理しているが、これらす べてのサービスを利用するのに不可欠な貨幣についてはなぜ民間銀行による営利活動が許されているのだろうか。

現在の問題を解決するには、より根本的な疑念を呈する必要があると思う。

1月27日から2月1日にかけてブラジル・ベレン市で開催された世界社会フォーラムで、ATTACなどさまざまな団体が、以下の宣言文を作成したらしい。この宣言文への署名を、世界各団体に呼びかけているようだ(3月28日まで)。 http://aloe.socioeco.org/spip.php?article466 (英語)この他フランス語・スペイン語版もあり

概要を示すと、

  • G20ではなく国連主導の金融改革
  • 資本移動を規制する国際機関の立ち上げ
  • 米ドル覇権に終止符を打つ、各地域通貨(といってもユーロのような国際通貨)など新たな通貨準備制度の創設。
  • 投機や規制のない資金の廃止
  • エネルギーや食料など一次資源への投機の廃絶
  • タックス・ヘブンの廃止
  • 持続不可能な途上国の債務の帳消し
  • 国際税を通じた、国際的かつ新たな富の分配方法の確立

を訴えている。

署名はhttp://www.choike.org/gcrisis で受け付けているので、署名をするのもよいだろう。

今の日本では、地下鉄や高速道路などのインフラ建設は赤字で作るだけムダという印象が強い。確かに政治腐敗の温床である公共事業に問題がないとは言えないが、現在私たちが使っている貨幣制度のせいでこれらの事業が赤字にさせられている現実を考えれば、特に道路族の政治家などには、この記事は非常に参考になるのではないだろうか。なお、私は土建屋とは何の関係もない。また、同じ構図は住宅ローンにも応用が可能である。

たとえば、地下鉄の例を見てみよう。こちらで東京都営地下鉄の2007年度の決算を読むことができるが、この5ページに路線別収支明細書が出ている。その中でも2000年に全線開業した大江戸線は約458億円の収入があるものの、運営費用として約581億円出ているために約124億円の赤字が出ている(それぞれの数字を億円単位で四捨五入しているので、このブログの数字をそのまま計算しても合計に一致しないことがある)。しかし、支出の内訳をよく見てみると142億円もの金利負担がある。ということは、仮に金利負担なしで大江戸線の建設ができていれば、2007年度時点で大江戸線は黒字になっていたと言える。また、減価償却費(建設費の償還)が206億円を占めているが、仮に減価償却が済んでいたとすると、この合計348億円は支出する必要がなくなり、人件費と物件費をあわせた227億円だけで運営可能で、運賃を半額にしても黒字になると言える(運賃が半額になれば当然のことながら地下鉄の利用者も増えることだろう)。

ちなみに、都営地下鉄4路線(浅草線、新宿線、三田線、大江戸線)を合わせると、1466億円の収入がある一方、人件費と物件費の合計が679億円、減価償却費用が443億円、そして金利が215億円なので、合計で1337億円の支出となり、多少黒字が出ている状態であるが、仮に金利がなければ黒字幅は343億円に、そして減価償却が全て済んでしまえば787億円もの大幅黒字となり、都営線全線を半額にしても黒字となる。まあ、実際には減価償却には駅や地下鉄路線のように一回建設してしまえば半永久的に使えるものだけではなく、車両のように定期的に更新が必要なものもあるので、この計算通りには行かないだろうが…。

また、高速道路の場合も同じことが言える。本四連絡橋については2003年度に累積赤字が切り離されたことによって黒字化していたが、その前の数字を見てみるといかに金利が問題であるかがわかる。2002年度には853億円もの通行料収入があったにもかかわらず、1087億円もの金利負担(元金返済を含まず)のせいで大幅な赤字を記録していた。仮にこの金利負担がなければ、1/4の通行料でも黒字になっていたことだろう(当時の高速道路会計には減価償却という発想はなかった)。

当然のことながら、減価する貨幣の導入により金利負担がなくなれば、これらの事業は全て黒字になる。そうなると、公共事業=赤字という構図が崩れ去り、少なくとも今のような公共事業の削減の嵐は止むことであろう(もちろん不要な公共事業については削減する必要はあるとは思うが)。

公共事業が減ったと嘆いている土建屋は少なくないだろうが、減る一方の仕事を霞が関に陳情する時間と手間があるのであれば、公共事業に有利になる通貨政策を研究したほうがはるかに有益ではないだろうか。

現在の経済状態を理解する上で、シルビオ・ゲゼルが「自然的経済秩序」で明らかにした必要(needs、Bedürfnis)と需要(demand,  Nachfrage)の違いについて、ここで説明することが有用であるように思う。

必要とは、経済学が成立する以前から存在したものである。たとえば衣食住はこの例であると言えるが、この必要は誰もが持っていると言える。

それに対し、需要とはあくまでも「その必要を満たすためには金銭を支払う用意がある」ものに限られる。なので、たとえばホームレスは雨露をしのげる宿を「必要」としているが、その必要を満たすための金銭を持っていないので「需要」にはならないのである。

今回の経済危機の問題は、金融バブルが崩壊して需要が大幅に落ち込んだことにある。仮に現金を持っていれば美味しいモノを食べたり高級車を買ったりすることに興味があったような人でも、金銭がないことには需要を創出できないわけである。当然のことながら、需要がないといくら企業が生産=供給を行っても売れず、このような事態になるわけである。

シルビオ・ゲゼルが減価する貨幣を提案したのは、景気動向に関係なく安定して流通する貨幣を供給することで、安定した需要を創出するためである。安定した需要創出のための道具として、減価する貨幣をもっと注目してもよいのではないかと思うが…。

このブログでは減価する貨幣について取り上げているが、このアイデアを考案したシルビオ・ゲゼル(Silvio Gesell、1862~1930)について紹介したい。

彼は1862年に、ザンクト・フィット(Sankt Vith)という街で生まれた。現在はこの街はベルギー領になっているが、当時はドイツの一部であり、現在でもこの街ではドイツ語が使われている。なお、この街にはシルビオ・ゲゼル通りが存在する。父親はプロイセンの徴税官吏で典型的なドイツ人である一方、母親は文学の才能のあるワロン人(フランス語圏ベルギーの人間)であったシルビオは、子どものうちからドイツとフランスの2つの文化に接しながら育つことになる。スペイン・マラガで貿易の仕事を行ったあと、1886年に24歳で彼は大西洋を渡り、南米アルゼンチンの首都ブエノスアイレスで商売を始めて成功するが、デフレとインフレによりアルゼンチン経済が荒廃するさまを目の当たりにしたシルビオは経済学の研究をする決意を固め、1900年にスイスに農場を買ってそこで晴耕雨読の生活を始める。そして、1916年に代表作となる自然的経済秩序(独Die Natürliche Wirtschaftsordnung、英The Natural Economic Order、原文(ドイツ語)日本語訳英語訳)」を刊行することになる(初版の刊行後にスイス国内で行った講演2つを組み入れるなどして1920年に刊行された第4版が現在では研究用として主に読まれているが)。

「自然的経済秩序」という題名に違和感を感じる人も多いことと思うが、これは人間の「性質」(Natur、英nature)に沿った経済秩序、という意味である。ただ、現在ではこの本の題名の和訳としては「自然的経済秩序」という表現が定着しているため、このブログでもこの表現を使うことにする。

「自然的経済秩序」での提案は主に2つである。

1) 土地の完全国有化と、国庫に入る地代収入を母親年金に充当。

今の日本では考えにくいだろうが、当時のドイツや日本(そして途上国の多く)では、大地主が広大な農地を所有する一方で、大多数の農民は小作農として多額の小作料に苦しんでいた。そのため、シルビオ・ゲゼルは土地を完全に国有化した上で自分で農業を行う人間に直接貸し与えた上で、その地代を母親年金として子育て中の母親に子どもの数に応じて支給することを提案したのである。なお、詳細については「自然的経済秩序」の第2部をご覧になっていただきたい。

土地改革だけであれば、戦後の日本(農地改革)を含めて世界の多くの国で行われていることなのでそれほど珍しくはないが、母親年金という発想は少なくても当時(1910年代)の状況を考えれば非常に先進的なものであると言えるだろう。当時の女性は結婚後に働き続けることが難しかったため、生活の安定のために経済力のある男性との結婚を余儀なくされていたが、母親年金という形で子育て中の女性の生活を政府が保証すれば、仮に父親が事業に失敗して借金を抱えたり、失業してしまったり、事故や病気で夭折してしまったり、あるいは別の女性に浮気してしまっても、女性はその男性に経済的に頼る必要がなくなる。これについてだが、シルビオ・ゲゼルの影響ではないにしろ、母親に対して各種手当が充実している現在のフランスが、似たような政策を実現しているといえよう。また、シルビオ・ゲゼル自身も数多くの女性との間にたくさん子どもをもうけていた事実をここで付け加えておく。

2) 減価する貨幣(自由貨幣)の発行と流通

このブログの主題でもある減価する貨幣については「自然的経済秩序」の第4部でその実施方法や効果が詳述されているが、簡単にいうと現在の法定通貨の裏にスタンプを貼る枠を作り、毎週決められた曜日になると額面の1000分の1(1000円札なら1円、1万円なら10円)のスタンプを貼りつけないと有効でないようにするというものである。シルビオ・ゲゼル自身は、少額コインのかわりにスタンプを通貨として流通させることを提案しているが(日本風にいうなら、1円や5円、10円の切手をコインがわりに使うようなもの)、スタンプだとすぐに擦り切れてしまうことから、少額硬貨は現状通り流通させて、スタンプは別途購入する方式もよいだろう。

シルビオ・ゲゼル自身はその後、第1次大戦に敗戦して混乱していたドイツの中でもバイエルンはミュンヘンで1919年4月に成立したソビエト共和国(ランダウアー内閣)に入閣するものの、わずか1週間でこの政権が崩壊してしまい、死刑になりかけるも自己弁護により無罪を勝ち取る。その後はスイスへの再入国が禁止されるものの、ルーマニアやアルゼンチンなどを訪問したりしつつ比較的静かな余生を送った。

なお、このシルビオ・ゲゼルの息子であるカルロス・ヘセル(Carlos Gesell: カルロスはアルゼンチン人であったため、苗字はスペイン語式にヘセルと発音)は、アルゼンチン・ブエノスアイレス州南部の海岸の砂丘地帯を開発し、この街は現在ではビジャ・ヘセル(Villa Gesell)という保養地になっているが、この街にはシルビオ・ゲゼル通りが存在している。また、この町の資料館ではカルロスらによる開拓の歴史が展示されているが、シルビオ・ゲゼル関係の資料も充実している(日本語の資料も展示されている)。

山形県高畠町では地域通貨で納税可能になる事例が出始めるということらしいが、遅くなったとはいえこのブログでもその事例について取り扱いたい。

この事例の場合、実体としては地域通貨ではなく、単に商店街で使える商品券とポイントカードを組み合わせたものでしかない(日本では地域通貨とスタンプカードの区別を意図的にしないのが問題であり、それについてはここでも書いたが)。ただ、地域通貨という名称を使うことで物珍しさから人を呼ぼうというわけで、むしろマーケティングの手段として地域通貨という名称が実態を伴わないまま使われていると言える。この商品券は通常は商店街での買い物に使われるわけだが、この商品券で地方税なども納入できるようにしようというだけの違いであるといえよう。

地域通貨が本当に地域通貨として流通するようになるには、この地域通貨で税金を納入された町役場がこの地域通貨で公共事業費の一部を支払ったり、町役場の職員のボーナスを支給したりするようにならないといけないだろう(本給については労働基準法第24条により基本的には「通貨」で支払わないといけないが、この通貨には地域通貨はおそらく含まれないため)。英語では、水流(current)から派生したcurrencyという単語が「通貨」という意味で使われていることから、通貨は「ずっと流通してナンボ」という考え方があるといえるが、日本ではこういうような考え方は存在しないのであろうか…。

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