減価する貨幣とは?

Archive for 2月 2009

以前こちらでG20へ向けた通貨改革運動を紹介したが、その日本語訳が公開されたのでここでも紹介したい。

http://www.anti-rothschild.net/material/40.html

いくつか論点をまとめると、

* 信用創造の廃止(民間銀行は、手元にある担保のぶんだけしか通貨を発行できなくなる)
* 既存の国家から独立した国際通貨を設立した上で、米ドルやユーロなど既存の通貨と併存させる。

この文章を作成したジェームス・ロバートソンは英国の出身だが、英国経済(特にロンドン経済)は金融に特化している。経済危機の前は世界中からカ ネを集めては投機で儲けていた紳士がロンドン経済を回していたが、経済危機が一旦起こるやそのような繁栄の基盤は、そんな英国経済の通貨であるポンドよろ しく砂上の楼閣と化してしまったのである。

私としては、ここで根源的な疑問を投げかけたい。私たちの生活には貨幣は欠かせないが、この貨幣を営利活動の目的とすることは、果たして許される のだろうか。たとえば欧州では、鉄道会社や高速道路、電力網などは民間企業にはふさわしくない活動であるため国家や州政府などが管理しているが、これらす べてのサービスを利用するのに不可欠な貨幣についてはなぜ民間銀行による営利活動が許されているのだろうか。

現在の問題を解決するには、より根本的な疑念を呈する必要があると思う。

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1月27日から2月1日にかけてブラジル・ベレン市で開催された世界社会フォーラムで、ATTACなどさまざまな団体が、以下の宣言文を作成したらしい。この宣言文への署名を、世界各団体に呼びかけているようだ(3月28日まで)。 http://aloe.socioeco.org/spip.php?article466 (英語)この他フランス語・スペイン語版もあり

概要を示すと、

  • G20ではなく国連主導の金融改革
  • 資本移動を規制する国際機関の立ち上げ
  • 米ドル覇権に終止符を打つ、各地域通貨(といってもユーロのような国際通貨)など新たな通貨準備制度の創設。
  • 投機や規制のない資金の廃止
  • エネルギーや食料など一次資源への投機の廃絶
  • タックス・ヘブンの廃止
  • 持続不可能な途上国の債務の帳消し
  • 国際税を通じた、国際的かつ新たな富の分配方法の確立

を訴えている。

署名はhttp://www.choike.org/gcrisis で受け付けているので、署名をするのもよいだろう。

今の日本では、地下鉄や高速道路などのインフラ建設は赤字で作るだけムダという印象が強い。確かに政治腐敗の温床である公共事業に問題がないとは言えないが、現在私たちが使っている貨幣制度のせいでこれらの事業が赤字にさせられている現実を考えれば、特に道路族の政治家などには、この記事は非常に参考になるのではないだろうか。なお、私は土建屋とは何の関係もない。また、同じ構図は住宅ローンにも応用が可能である。

たとえば、地下鉄の例を見てみよう。こちらで東京都営地下鉄の2007年度の決算を読むことができるが、この5ページに路線別収支明細書が出ている。その中でも2000年に全線開業した大江戸線は約458億円の収入があるものの、運営費用として約581億円出ているために約124億円の赤字が出ている(それぞれの数字を億円単位で四捨五入しているので、このブログの数字をそのまま計算しても合計に一致しないことがある)。しかし、支出の内訳をよく見てみると142億円もの金利負担がある。ということは、仮に金利負担なしで大江戸線の建設ができていれば、2007年度時点で大江戸線は黒字になっていたと言える。また、減価償却費(建設費の償還)が206億円を占めているが、仮に減価償却が済んでいたとすると、この合計348億円は支出する必要がなくなり、人件費と物件費をあわせた227億円だけで運営可能で、運賃を半額にしても黒字になると言える(運賃が半額になれば当然のことながら地下鉄の利用者も増えることだろう)。

ちなみに、都営地下鉄4路線(浅草線、新宿線、三田線、大江戸線)を合わせると、1466億円の収入がある一方、人件費と物件費の合計が679億円、減価償却費用が443億円、そして金利が215億円なので、合計で1337億円の支出となり、多少黒字が出ている状態であるが、仮に金利がなければ黒字幅は343億円に、そして減価償却が全て済んでしまえば787億円もの大幅黒字となり、都営線全線を半額にしても黒字となる。まあ、実際には減価償却には駅や地下鉄路線のように一回建設してしまえば半永久的に使えるものだけではなく、車両のように定期的に更新が必要なものもあるので、この計算通りには行かないだろうが…。

また、高速道路の場合も同じことが言える。本四連絡橋については2003年度に累積赤字が切り離されたことによって黒字化していたが、その前の数字を見てみるといかに金利が問題であるかがわかる。2002年度には853億円もの通行料収入があったにもかかわらず、1087億円もの金利負担(元金返済を含まず)のせいで大幅な赤字を記録していた。仮にこの金利負担がなければ、1/4の通行料でも黒字になっていたことだろう(当時の高速道路会計には減価償却という発想はなかった)。

当然のことながら、減価する貨幣の導入により金利負担がなくなれば、これらの事業は全て黒字になる。そうなると、公共事業=赤字という構図が崩れ去り、少なくとも今のような公共事業の削減の嵐は止むことであろう(もちろん不要な公共事業については削減する必要はあるとは思うが)。

公共事業が減ったと嘆いている土建屋は少なくないだろうが、減る一方の仕事を霞が関に陳情する時間と手間があるのであれば、公共事業に有利になる通貨政策を研究したほうがはるかに有益ではないだろうか。

現在の経済状態を理解する上で、シルビオ・ゲゼルが「自然的経済秩序」で明らかにした必要(needs、Bedürfnis)と需要(demand,  Nachfrage)の違いについて、ここで説明することが有用であるように思う。

必要とは、経済学が成立する以前から存在したものである。たとえば衣食住はこの例であると言えるが、この必要は誰もが持っていると言える。

それに対し、需要とはあくまでも「その必要を満たすためには金銭を支払う用意がある」ものに限られる。なので、たとえばホームレスは雨露をしのげる宿を「必要」としているが、その必要を満たすための金銭を持っていないので「需要」にはならないのである。

今回の経済危機の問題は、金融バブルが崩壊して需要が大幅に落ち込んだことにある。仮に現金を持っていれば美味しいモノを食べたり高級車を買ったりすることに興味があったような人でも、金銭がないことには需要を創出できないわけである。当然のことながら、需要がないといくら企業が生産=供給を行っても売れず、このような事態になるわけである。

シルビオ・ゲゼルが減価する貨幣を提案したのは、景気動向に関係なく安定して流通する貨幣を供給することで、安定した需要を創出するためである。安定した需要創出のための道具として、減価する貨幣をもっと注目してもよいのではないかと思うが…。

このブログでは減価する貨幣について取り上げているが、このアイデアを考案したシルビオ・ゲゼル(Silvio Gesell、1862~1930)について紹介したい。

彼は1862年に、ザンクト・フィット(Sankt Vith)という街で生まれた。現在はこの街はベルギー領になっているが、当時はドイツの一部であり、現在でもこの街ではドイツ語が使われている。なお、この街にはシルビオ・ゲゼル通りが存在する。父親はプロイセンの徴税官吏で典型的なドイツ人である一方、母親は文学の才能のあるワロン人(フランス語圏ベルギーの人間)であったシルビオは、子どものうちからドイツとフランスの2つの文化に接しながら育つことになる。スペイン・マラガで貿易の仕事を行ったあと、1886年に24歳で彼は大西洋を渡り、南米アルゼンチンの首都ブエノスアイレスで商売を始めて成功するが、デフレとインフレによりアルゼンチン経済が荒廃するさまを目の当たりにしたシルビオは経済学の研究をする決意を固め、1900年にスイスに農場を買ってそこで晴耕雨読の生活を始める。そして、1916年に代表作となる自然的経済秩序(独Die Natürliche Wirtschaftsordnung、英The Natural Economic Order、原文(ドイツ語)日本語訳英語訳)」を刊行することになる(初版の刊行後にスイス国内で行った講演2つを組み入れるなどして1920年に刊行された第4版が現在では研究用として主に読まれているが)。

「自然的経済秩序」という題名に違和感を感じる人も多いことと思うが、これは人間の「性質」(Natur、英nature)に沿った経済秩序、という意味である。ただ、現在ではこの本の題名の和訳としては「自然的経済秩序」という表現が定着しているため、このブログでもこの表現を使うことにする。

「自然的経済秩序」での提案は主に2つである。

1) 土地の完全国有化と、国庫に入る地代収入を母親年金に充当。

今の日本では考えにくいだろうが、当時のドイツや日本(そして途上国の多く)では、大地主が広大な農地を所有する一方で、大多数の農民は小作農として多額の小作料に苦しんでいた。そのため、シルビオ・ゲゼルは土地を完全に国有化した上で自分で農業を行う人間に直接貸し与えた上で、その地代を母親年金として子育て中の母親に子どもの数に応じて支給することを提案したのである。なお、詳細については「自然的経済秩序」の第2部をご覧になっていただきたい。

土地改革だけであれば、戦後の日本(農地改革)を含めて世界の多くの国で行われていることなのでそれほど珍しくはないが、母親年金という発想は少なくても当時(1910年代)の状況を考えれば非常に先進的なものであると言えるだろう。当時の女性は結婚後に働き続けることが難しかったため、生活の安定のために経済力のある男性との結婚を余儀なくされていたが、母親年金という形で子育て中の女性の生活を政府が保証すれば、仮に父親が事業に失敗して借金を抱えたり、失業してしまったり、事故や病気で夭折してしまったり、あるいは別の女性に浮気してしまっても、女性はその男性に経済的に頼る必要がなくなる。これについてだが、シルビオ・ゲゼルの影響ではないにしろ、母親に対して各種手当が充実している現在のフランスが、似たような政策を実現しているといえよう。また、シルビオ・ゲゼル自身も数多くの女性との間にたくさん子どもをもうけていた事実をここで付け加えておく。

2) 減価する貨幣(自由貨幣)の発行と流通

このブログの主題でもある減価する貨幣については「自然的経済秩序」の第4部でその実施方法や効果が詳述されているが、簡単にいうと現在の法定通貨の裏にスタンプを貼る枠を作り、毎週決められた曜日になると額面の1000分の1(1000円札なら1円、1万円なら10円)のスタンプを貼りつけないと有効でないようにするというものである。シルビオ・ゲゼル自身は、少額コインのかわりにスタンプを通貨として流通させることを提案しているが(日本風にいうなら、1円や5円、10円の切手をコインがわりに使うようなもの)、スタンプだとすぐに擦り切れてしまうことから、少額硬貨は現状通り流通させて、スタンプは別途購入する方式もよいだろう。

シルビオ・ゲゼル自身はその後、第1次大戦に敗戦して混乱していたドイツの中でもバイエルンはミュンヘンで1919年4月に成立したソビエト共和国(ランダウアー内閣)に入閣するものの、わずか1週間でこの政権が崩壊してしまい、死刑になりかけるも自己弁護により無罪を勝ち取る。その後はスイスへの再入国が禁止されるものの、ルーマニアやアルゼンチンなどを訪問したりしつつ比較的静かな余生を送った。

なお、このシルビオ・ゲゼルの息子であるカルロス・ヘセル(Carlos Gesell: カルロスはアルゼンチン人であったため、苗字はスペイン語式にヘセルと発音)は、アルゼンチン・ブエノスアイレス州南部の海岸の砂丘地帯を開発し、この街は現在ではビジャ・ヘセル(Villa Gesell)という保養地になっているが、この街にはシルビオ・ゲゼル通りが存在している。また、この町の資料館ではカルロスらによる開拓の歴史が展示されているが、シルビオ・ゲゼル関係の資料も充実している(日本語の資料も展示されている)。

山形県高畠町では地域通貨で納税可能になる事例が出始めるということらしいが、遅くなったとはいえこのブログでもその事例について取り扱いたい。

この事例の場合、実体としては地域通貨ではなく、単に商店街で使える商品券とポイントカードを組み合わせたものでしかない(日本では地域通貨とスタンプカードの区別を意図的にしないのが問題であり、それについてはここでも書いたが)。ただ、地域通貨という名称を使うことで物珍しさから人を呼ぼうというわけで、むしろマーケティングの手段として地域通貨という名称が実態を伴わないまま使われていると言える。この商品券は通常は商店街での買い物に使われるわけだが、この商品券で地方税なども納入できるようにしようというだけの違いであるといえよう。

地域通貨が本当に地域通貨として流通するようになるには、この地域通貨で税金を納入された町役場がこの地域通貨で公共事業費の一部を支払ったり、町役場の職員のボーナスを支給したりするようにならないといけないだろう(本給については労働基準法第24条により基本的には「通貨」で支払わないといけないが、この通貨には地域通貨はおそらく含まれないため)。英語では、水流(current)から派生したcurrencyという単語が「通貨」という意味で使われていることから、通貨は「ずっと流通してナンボ」という考え方があるといえるが、日本ではこういうような考え方は存在しないのであろうか…。

経済学では、金持ちの所得税を高くする一方で貧乏人には税金の減免措置を行うことで金持ちから貧乏人への富の再配分を行っていると説明されているが、現行の通貨制度ではその正反対の事態が起こっている。

以前、持続可能な成長という概念そのものを疑った記事をこのブログに投稿したが、この主張を行っているマルグリット・ケネディは、金利制度により貧しい人から豊かな人への富の再配分が起こっていることを、以下の図でわかりやすく示している。

この図では、ドイツの家庭を低所得(左)から高所得(右)まで並べているが、10家庭のうち貧しい8家庭で灰色(利払い額)が黒(利息収入)を凌駕している。家庭によっては直接借金をしていないところもあるだろうが、そういう家庭でも電化製品を買ったり、バス代を払ったりするたびに、電化製品メーカーや市役所交通局の利息負担の一部を間接的ながら支払っていることになる。その一方で、一番右(豊かな10%)は膨大な利息収入を得ている。

また、公共事業を行う場合には自治体や政府などが利息負担をする義務が出るが、これにより本来は国民全員に対して中立であるべき政府が、金貸し(つまり金持ち)に対してのみ利息を支払うという事態が発生する。国債や地方債の利払いにより、金持ちだけが豊かになっている現状も、マルグリット・ケネディは疑問視している。

減価する貨幣を導入すると、その性質上金持ちも利息を取れなくなるので、このような不公平な富の再分配はなくなるのだが…。