減価する貨幣とは?

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最近話題になっている政府貨幣だが、成功事例として導入したいのであれば、やはり過去の成功事例から学ぶ必要があるだろう。すでにこのブログでも紹介した「エンデの遺言」(13分56秒~18分31秒)でも取り上げられている、オーストリア・チロル州のヴェルグル(Wörgl)の事例について、ここでは詳しく紹介したい。

ヴェルグル自体は、もともとはアルプス山脈のふもとにある寒村にしか過ぎなかったが、19世紀中葉にオーストリア西部からウィーンに向けての路線と、当時はオーストリア帝国領だったトリエステから国境を越えてドイツはバイエルンの首都ミュンヘンを結ぶ鉄道路線の交差点になったことから、交通の要衝として栄え始め、繊維工場などがこの地に建設される。1900年当時でも650人程度にしか過ぎなかった人口は1910年時点で4000人以上に増え、各種産業を備えた町として栄えるようになる。

しかし、当然のことながら、この当時世界を襲っていた大恐慌はこの町にも暗い影を投げかけていた。鉄道も従業員を100人以上減らし、繊維工場に至っては閉鎖にまで追い込まれ、これにより400人程度いた従業員がほぼ全て失業することになった。5000人弱しかいない町でこれだけのことが起こった場合、経済がマヒ状態になることは想像に難くない。実際、町役場は破産状態だった。11万8000シリングほど未納金があったのだが、誰もお金を持っていない状態では税金を徴収することもできなかったのである。

こんな状態であった1931年に町長になったのが、シルビオ・ゲゼルの理論に詳しかったミヒャエル・ウンターグッゲンベルガー(Michael Unterguggenberger)である。彼は翌1932年7月末に「労働証明書」という地域通貨を作成し、町役場の職員に対して1000シリングを地域通貨で支払った。

この地域通貨は、表面にスタンプを貼るスペースが設けられており、新しい月になるたびに額面の1/100にあたるスタンプを貼る必要があった。ということは、仮にこの貨幣を1年間タンス預金していた場合、12%もの額が失われることになるため、誰もこの貨幣を手元に残しておこうとは思わず、むしろ次から次に消費することになり、そして未払いの税金を払うためにも使われた。この労働証明書の導入後わずか3日後に、町役場の職員が「1000シリングしか発行していないのに5100シリングも労働証明書で税金が入ってきました! 偽造に違いありません」と町長にあわてて報告したらしいが、同じ紙幣が町役場と町内の事業所をわずか数日で何往復もしたと考えると、別に不思議ではないだろう。

このようにして、翌1933年の9月に中央銀行によって禁止されるまでの13ヶ月の間に、平均で5400シリングほど流通していたこの労働証明書により、250万シリングもの経済効果が生まれた。当然失業率も下がり、地域経済が活性化した。人によっては、手元に置いておいてスタンプの購入代金を負担させられるぐらいなら、と税金の前払いに応じた人までいたらしい。

なお、2006年にこの歴史を記念して、このようなモニュメント(ドイツ語)が作られ、駅前から中心商店街を通る道の石畳に掲げられている。また、この歴史を後世に伝えるべく、ウンターグッゲンベルガー研究所(ドイツ語)が設立され、減価する貨幣や補完通貨についてさまざまな情報を提供している。

これらの事例を踏まえて、2009年の日本で政府貨幣を導入するのであれば具体的にどのようにすべきかについて、次回の投稿で紹介したい。